2023年5月
5月10日(水) 祈祷会 奨励メモ
「神は悩みの地で」 創世記41章46-57節
★ヨセフ30歳の時
ヨセフが30歳の時に、大きなことが起きた。
エジプトの地で、王様以外では、一番高い位についた。
食糧を管理する働き
豊作の7年、次に飢饉の7年
そのことを解き明かしたことにより、そのようになった。
エジプトの王ファラオの夢の解き明かしの結果
★ファラオの夢の解き明かし
不思議な夢 誰も解き明かせない。
ヨセフがその夢の意味を解き明かした。
○41章1-44節
★頂点からどん底へ
ヨセフは頂点からどん底に突き落とされた。
父ヤコブに寵愛されたヨセフ 何一つ不自由のない生活
そこから、エジプトに売られて、エジプトのポティファルのもとで仕える者に
そこで濡れ衣を着せられ、牢獄の中に
さらに、2年間忘れられて牢獄の中で
2年たって、不思議な経緯で、そこを出て、ファラオの前に出ることに
そして、ファラオの夢を解き明かした。
★頂点の時のヨセフ
17歳の時 父ヤコブより寵愛され、特別に良い服を着ていた。
すべてが思い通りに行くと考えていた。
自分の将来は、思い通りに行く。他の人が自分に仕えると考えていた。
○創世記37:1-11
★どん底のヨセフ
エジプトに奴隷として売られた。 ポティファルに仕える仕事
濡れ衣を着せられ牢の中
ずっとこのまま、牢の中で過ごすのだろうか?
希望は失せ、心は沈んでいたことでしょう。
17歳の時の希望は、消え失せていた。
なんということか。 なぜこのようになってしまったのか。
将来に向けて、希望なし。
★本日の個所
創世記41:46-57
30歳の時 それから7年間、豊作の年月が流れた。
そして、ヨセフは、ポティファルよりオンの祭司ポティ・フェラの娘アセナトを妻として与えられた。
◎41章46-57節
41:46 ヨセフは、エジプトの王ファラオの前に立ったとき三十歳であった。ヨセフはファラオの前をたって、エジプト全国を巡回した。
41:47 豊作の七年の間、大地は豊かな実りに満ち溢れた。
41:48 ヨセフはその七年の間に、エジプトの国中の食糧をできるかぎり集め、その食糧を町々に蓄えさせた。町の周囲の畑にできた食糧を、その町の中に蓄えさせたのである。
41:49 ヨセフは、海辺の砂ほども多くの穀物を蓄え、ついに量りきれなくなったので、量るのをやめた。
41:50 飢饉の年がやって来る前に、ヨセフに二人の息子が生まれた。この子供を産んだのは、オンの祭司ポティ・フェラの娘アセナトである。
41:51 ヨセフは長男をマナセ(忘れさせる)と名付けて言った。「神が、わたしの苦労と父の家のことをすべて忘れさせてくださった。」
41:52 また、次男をエフライム(増やす)と名付けて言った。「神は、悩みの地で、わたしに子孫を増やしてくださった。」
41:53 エジプトの国に七年間の大豊作が終わると、
41:54 ヨセフが言ったとおり、七年の飢饉が始まった。その飢饉はすべての国々を襲ったが、エジプトには、全国どこにでも食物があった。
41:55 やがて、エジプト全国にも飢饉が広がり、民がファラオに食物を叫び求めた。ファラオはすべてのエジプト人に、「ヨセフのもとに行って、ヨセフの言うとおりにせよ」と命じた。
41:56 飢饉は世界各地に及んだ。ヨセフはすべての穀倉を開いてエジプト人に穀物を売ったが、エジプトの国の飢饉は激しくなっていった。
41:57 また、世界各地の人々も、穀物を買いにエジプトのヨセフのもとにやって来るようになった。世界各地の飢饉も激しくなったからである。
この7年の豊作の後には、7年の飢饉が来る。
豊作の7年に、食糧を貯え、飢饉の7年に備えた。
そのことで、エジプトの民と周辺の国々の人々を救うことになった。
自分の家族、親族、一族を救うことになった。
★ヨセフの心
ヨセフ自身の心は、生まれてきた息子たちの名前でわかる。
◎51-52節
41:51 ヨセフは長男をマナセ(忘れさせる)と名付けて言った。「神が、わたの苦労と父の家のことをすべて忘れさせてくださった。」
41:52 また、次男をエフライム(増やす)と名付けて言った。「神は、悩みの地で、わたしに子孫を増やしてくださった。」
*長男マナセ 忘れさせる。
「神が、わたしの苦労と父の家のことをすべて忘れさせてくださった。」
悲しみ、苦しみ、失望、失意落胆、希望なし、絶望 その中をヨセフは13年間過ごした。 忘れることはできないそれらのこと
すべて忘れさせてくださった。 神がそのようにしてくださった。
ヨセフは、苦しみ、暗黒の中を通った。そこでどれだけ練られたことか。
どんなに練られても、忘れることはできない。
どうすることもできないその悲しみ、苦しみ、失望、失意落胆、希望なし、絶望を神が忘れさせてくださった。 神への感謝の思い。
*次男エフライム 増やす。
「神は、悩みの地で、わたしに子孫を増やしてくださった。」
妻が与えられ、子どもが与えられ、家庭が与えられた。
すべてを失ったヨセフ そのまま、人生が進む、そして、人生が終わるのかと考えたことでしょう。
悩みの地で、悩みのまま人生が終わる。 これほど、むなしく、つらいことはない。 悩みの地で、悩みのまま、沈み、その歩みを終える。 これは一番つらいこと このまま、年月が過ぎて行くのか、そして、自分の生涯が終わってしまうのかと考えたヨセフであった。
そのヨセフに神は臨んでくださった。 子孫を増やしてくださった。
確かに、子どもが与えられた。孫が与えられた。それは喜びではある。
だから、幸せではない。 子ども、孫もやがて離れていく。 それぞれの生活に進む。
神のご支配に気が付かなければ、本当の喜びはない。
ヨセフは、妻が与えられ、子どもが与えられ、地位が与えられたから、喜んだのではないと考える。 神が、ご支配くださり、この自分に、感謝、希望、光を与えてくださった。
悩みの地 それは、私たちの人生そのものでもある。
悩みの地に身を置く。悩みが私たちを抑え込む。沈ませる。
しかし、神のご支配を知る、そのご支配を心にとめる。それを見る。 受け止める。
ヨセフは、それを見た、受け止めた。 そして悩みの地にあって、感謝、希望をいただいた。 これこそ、最も幸いなこと。
★悩みの地で
主よ、悲しみ、苦しみ、失望、失意落胆、希望なし、絶望を忘れ去らせてくださいますように!
感謝、希望を増やしてくださいますように!
悩みの地においても、生かしてください。
悩みの地にあっても、主と共に生かしてください。
5月18日(木) 曽根合流祈祷会 奨励メモ
「神の語り掛けと約束」 創世記46章1-27節
★ヤコブの悲しみ
息子のヨセフを亡くす。 そう思い込んでいた、実際にはそうではなかった。
12人の男の子の中で一番大事に思っていたヨセフ
ヤコブは、大きな悲しみを抱えつつ、人生の後半を歩んだ。
★ヤコブの喜び
気が遠くなる喜び。 それは、死んでしまったと思っていたヨセフが生きていた。 天に上る思いだったことでしょう。
しかも、ヨセフは、エジプトの地で、王の次に偉い位に就いていた。
★今日の聖書箇所
創世記46章 エジプトに一家で下る。引っ越すことの出来事が記されている。
★チャレンジ
今年の標語は、「主にあってチャレンジする」です。
若い時のチャレンジと年が進んでからのチャレンジは違います。
若い時は、割と思い切ってチャレンジできますが、年を取るとなかなか難しいです。
★環境が変わる
環境が変わることが好きだという人がいます。その反対の人もします。
年を取ると、環境が変わることは好きだという人は少なくなるかと思います。
でも、そうせざるを得ない状況もあります。
★年を取って
住む場所が変わる。
一人で、生活が困難になる。一人暮らしが難しい。
子どもたち家族と同居することになる、 老人施設に入所する。
今までとは違う環境。
子どもたち家族と一緒に、老人施設に
楽になることもあるでしょう。何でもかんでも自分でしなくて良い。
一方、気ままには生活できないことも起こる。
子どもたちの生活、老人施設の流れに合わせなければならない。
自分勝手にできないことも起きて来る。
住み慣れた地を離れることも、年を取ると大きなストレスとなる。
★ヤコブ一家のエジプト移住
そうせざるを得ない。 そうしなければ、生きていけない。
ウクライナの人たちが、外国に暮らさざるを得ない。
起こされた戦争によって。 しかも、多くは、一家全員ではなく、母子だけ
父親は、国を守るために残らねばならない。
一日も早く、この戦争が終わることを願います。
飢饉が続いている。2年間続き、これからさらに5年間
食糧のあるエジプトに移住しなければ、一家は皆飢え死にしてしまう。 苦渋の決断 そのために、息子ヨセフがエジプトに先に遣わされ、すべてが整っている。 住む場所、生きていくための食糧の保証があった。
★ヤコブの危機の時
ヤコブは、危機において、神の語り掛けを聞く。
それは、一番幸いなことだった。
①べエル・シェバからハランに向かう途中
家を飛び出し、すべてを置いて逃げる途中
悲しみと恐れと絶望の中で
夢を見、神の語り掛けを聞く。
○28:10-22
○13-15節
28:13 見よ、主が傍らに立って言われた。「わたしは、あなたの父祖アブラハムの神、イサクの神、主である。あなたが今横たわっているこの土地を、あなたとあなたの子孫に与える。
28:14 あなたの子孫は大地の砂粒のように多くなり、西へ、東へ、北へ、南へと広がっていくであろう。地上の氏族はすべて、あなたとあなたの子孫によって祝福に入る。
28:15 見よ、わたしはあなたと共にいる。あなたがどこへ行っても、わたしはあなたを守り、必ずこの土地に連れ帰る。わたしは、あなたに約束したことを果たすまで決して見捨てない。」
②カナンの地から、南のベエル・シェバに、さらにエジプトに下る
ヤコブの不安、これから先大丈夫だろうか? 恐れと不安
全く環境の違う場所エジプトに移住する
◎1-7節
46:1 イスラエルは、一家を挙げて旅立った。そして、ベエル・シェバに着くと、父イサクの神にいけにえをささげた。
46:2 その夜、幻の中で神がイスラエルに、「ヤコブ、ヤコブ」と呼びかけた。彼が、「はい」と答えると、
46:3 神は言われた。「わたしは神、あなたの父の神である。エジプトへ下ることを恐れてはならない。わたしはあなたをそこで大いなる国民にする。
46:4 わたしがあなたと共にエジプトへ下り、わたしがあなたを必ず連れ戻す。ヨセフがあなたのまぶたを閉じてくれるであろう。」
46:5 ヤコブはベエル・シェバを出発した。イスラエルの息子たちは、ファラオが遣わした馬車に父ヤコブと子供や妻たちを乗せた。
46:6 ヤコブとその子孫は皆、カナン地方で得た家畜や財産を携えてエジプトへ向かった。
46:7 こうしてヤコブは、息子や孫、娘や孫娘など、子孫を皆連れてエジプトへ行った。
ベエル・シェバで祭壇を築く
神への感謝と共に、これからどのように歩んでいったら良いでしょうか?
神の語り掛けを聞く。
神が共にいてくださる。 すべてを良きにしてくださるとの約束。
必ず連れ帰る。 実際には、エジプトの地で、生涯を終えた。
子どもたち、孫たちに見守られて生涯を終えた。主の御許に引き上げられた。
★ヤコブの一族の移住
一族で移住。
ヤコブ自身と子どもたち、孫たち ヨセフとその二人の子どもを加えると
全部で70名であった。
◎8-27節
46:8 エジプトへ行ったイスラエルの人々、すなわちヤコブとその子らの名前は次のとおりである。ヤコブの長男ルベン。
46:9 ルベンの息子のハノク、パル、ヘツロン、カルミ。
46:10 シメオンの息子のエムエル、ヤミン、オハド、ヤキン、ツォハル、およびカナンの女による息子シャウル。
46:11 レビの息子のゲルション、ケハト、メラリ。
46:12 ユダの息子のエル、オナン、シェラ、ペレツ、ゼラ。ただし、エルとオナンはカナンの土地で死んだ。ペレツの息子のヘツロン、ハムル。
46:13 イサカルの息子のトラ、プワ、ヨブ、シムロン。
46:14 ゼブルンの息子のセレド、エロン、ヤフレエル。
46:15 これらは、レアがパダン・アラムでヤコブとの間に産んだ子らである。ヤコブの娘ディナも含め、男女の総数は三十三名である。
46:16 ガドの息子のツィフヨン、ハギ、シュニ、エツボン、エリ、アロディ、アルエリ。
46:17 アシェルの息子のイムナ、イシュワ、イシュビ、ベリア、および妹セラ。ベリアの息子はヘベル、マルキエル。
46:18 これらは、ラバンが娘レアに与えたジルパの子らである。ジルパがヤコブとの間に産んだのは十六名である。
46:19 ヤコブの妻ラケルの息子のヨセフ、ベニヤミン。
46:20 ヨセフには、エジプトの国で息子が生まれた。それは、オンの祭司のポティ・フェラの娘アセナトが彼との間に産んだマナセとエフライムである。
46:21 ベニヤミンの息子のベラ、ベケル、アシュベル、ゲラ、ナアマン、エヒ、ロシュ、ムピム、フピム、アルド。
46:22 これらは、ヤコブとの間に生まれたラケルの子らで、その総数は十四名である。
46:23 ダンの息子のフシム。
46:24 ナフタリの息子のヤフツェエル、グニ、イエツェル、シレム。
46:25 これらは、ラバンが娘ラケルに与えたビルハの子らである。ビルハがヤコブとの間に産んだ者の総数は七名である。
46:26 ヤコブの腰から出た者で、ヤコブと共にエジプトへ行った者は、ヤコブの息子の妻たちを除けば、総数六十六名である。
46:27 エジプトで生まれたヨセフの息子は二人である。従って、エジプトへ行ったヤコブの家族は総数七十名であった。
ヤコブとヤコブの腰から出た者たちは全部で70名。
エジプトの地で生きながらえる。
後には、ヨセフも亡くなって行くが、やがて多くの民となる。
その後には、奴隷としての苦しい生活
そして、そこから、再びカナンの地へ 出エジプトの出来事
★神の語りかけと約束
危機の時に、静まりたい。
神の語り掛けを聞き取りたい。 御言葉を通して。
神の約束 共にいる、 助けると
5月24日(水) 祈祷会 奨励メモ
「神はそれを善に変え」 創世記50章15-26節
★恐れの心
心を追い詰めるものがある。
直接見えるもの
困難な事柄。難しい課題。 強い敵、自分を狙って苦しめる相手。
直接には見えないもの
過去の事柄。 過去なしたことに対しての悔い、過去の歩みでしなければ良かった事柄 将来を考え恐れる。 将来大丈夫だろうか? 将来立ちゆくだろうか?
★ヨセフの兄たちの恐れ
ヨセフの兄たちの恐れ ヨセフからの復讐があるのではないか?
自分たちはひどいことをした。 父ヤコブが亡くなった。
父が生きている間は、大丈夫だとしても、死んでしまった今となってはどうだろうか?
◎15節
50:15 ヨセフの兄弟たちは、父が死んでしまったので、ヨセフがことによると自分たちをまだ恨み、昔ヨセフにしたすべての悪に仕返しをするのではないかと思った。
★ヨセフに問いかける兄たち
恐れの心から、思い切って尋ねる。 このままでは、どうもいけない。
◎16-18節
50:16 そこで、人を介してヨセフに言った。「お父さんは亡くなる前に、こう言っていました。
50:17 『お前たちはヨセフにこう言いなさい。確かに、兄たちはお前に悪いことをしたが、どうか兄たちの咎と罪を赦してやってほしい。』お願いです。どうか、あなたの父の神に仕える僕たちの咎を赦してください。」これを聞いて、ヨセフは涙を流した。
50:18 やがて、兄たち自身もやって来て、ヨセフの前にひれ伏して、「このとおり、私どもはあなたの僕です」と言うと、
父ヤコブも赦してほしいと言っていたと。 どうぞ、自分たちを赦してくださいと願い出た。
★ヨセフが以前宣言したこと
弟のヨセフの赦しの宣言
ヨセフの心からの思い 神が自分をエジプトに遣わされたのだ。
人間的に見れば、兄たちが自分をエジプトに売り飛ばした。ひどいことをした。
そのことで、ヨセフは苦しみの中に投げ込まれた。
最終的は、ヨセフはエジプトの王ファラオに次ぐ位に就いた。
食糧を買いに来た兄たちに自分の正体を明かした。
そして、兄たちに復讐どころか、助けると
この飢饉をここエジプトで乗り越えてくださいと
◎創世記45:1-13
45:7 神がわたしをあなたたちより先にお遣わしになったのは、この国にあなたたちの残りの者を与え、あなたたちを生き永らえさせて、大いなる救いに至らせるためです。
45:8 わたしをここへ遣わしたのは、あなたたちではなく、神です。神がわたしをファラオの顧問、宮廷全体の主、エジプト全国を治める者としてくださったのです。
★心配する心
「今日は、私がご馳走します。」その相手の好意によって
疑う心があったら、喜べない。 ああ言ったけども、後で代金を支払ってくださいと請求されたらどうしよう。 そうだったら、大変だ。 思い切ってたくさん食べることができない。 少な目に食べておこう。 気になって、そのご馳走を味わえなくなる。
そのまま受け止め、「ありがとうございます。」と答えたとするなら、心から食事を喜び、楽しめる。 ご馳走してくださる。おごってくださる。 ああ嬉しいなあ。 その相手の言葉、好意を全面的に受け止め、感謝できることは幸い。
「あなたの借金を帳消しにします。」 その相手の大きな憐れみによって
しかし、その言葉を心から信じられなければ、そう言うけども、ただほど恐ろしいものはない、何か裏があるのではないだろうかと考え、悶々とした心で過ごさねばならない。
「本当ですか? ありがとうございます。心より感謝します。」 心から受け止めるなら、借金返済の苦しみから解放される。
★兄たちは、恐れの心が残っていた。
ヨセフにもう一度聞いてみなければ安心できない。
心のどこかで気になっていた。 ヨセフは本当に赦してくれているのだろうか? それで、父ヤコブが死んだ後、葬りのすべてが済んで尋ねた。
★ヨセフの言葉
神を信じるヨセフ 神がこうされたのです。 神が主人公となった。
普通は、私が主人公、人が主人公である。
私が主人公で、私がこうしたからこうなった。
人が主人公で、あの人がああしたからこうなったと考える。
この世は、主人公が入れ替わる。 その入れ替わりで、人生が翻弄される。
あの人のおかげで、今こうなった。 そう思うことがある。 それは、喜び、感謝なこともあるが、反対のこともある。あの人のせいで、今こうなった。
それは、苦しいこと、許せない思い。
自分に対しても同じようなことがあるかもしれない。 自分が頑張ったから、一生懸命したから、今こうある。 反対に、あの時に頑張れなかったから、手を抜いたから、今こうある
ヨセフの神への信仰
神が主人公である。神のご支配の中に自分の人生はある。 そう思うようになったヨセフ。
★私は神とはならない。
私は、神の僕です。
神に代わることはできません。
◎19-21節
50:19 ヨセフは兄たちに言った。「恐れることはありません。わたしが神に代わることができましょうか。
50:20 あなたがたはわたしに悪をたくらみましたが、神はそれを善に変え、多くの民の命を救うために、今日のようにしてくださったのです。
50:21 どうか恐れないでください。このわたしが、あなたたちとあなたたちの子供を養いましょう。」ヨセフはこのように、兄たちを慰め、優しく語りかけた。
この世においては、悪のたくらみがある。 人の罪、 自分勝手さ、自己中心、傲慢、 そのことで、悪のたくらみが起こる。
そのことで、苦しめられる。苦しみが起きる。 悩み、苦しむことになる。
悪は悪、それを善に変えることは難しい。
神が働いてくださる。
ヨセフは、兄たちの悪で苦しんだ、悲しみのどん底、苦しみのどん底に落ちた。 しかし、神が働いてくださった、働いてくださることを知った。
自分は苦しんだけども、意味がなかったわけではない。大いに意味があった。
神の深いご計画があったと受け止めることができた。
★人の計画、神の計画
人の計画がある。 そのことで、いろいろと動くこともある。
うまくいく時がある。一方うまくいかない時もある。
失敗と思えることがある。 うまくいかないことがある。
若い人ならば、失恋があり、 受験の失敗がある。 就職がうまくいかないことがある。
年齢が進んで、うまくいかないこともある。挫折することもある。
神の計画がある。
人の思いを超えた神のご計画、それは、なかなかわからない。
祈りつつ、進むしかない。 主が最善を導いてくださるように祈り求める。そうありたい。
★悪を善に
悪を善に変えてください。 悪のままではないように! 失敗と思えることが逆に良いことになるように。 苦しんだことが無駄にならないようにと願う。
主のご支配の中で、主がそのようにしてくださる。
ヨセフの歩みにおいては、そのようにしてくださった。
私たちの歩みにおいても、主がそのようにしてくださることを願いつつ、歩んでいきましょう。
★ヨセフの生涯
ヨセフの生涯も終わりの時が来た。
◎22-26節
50:22 ヨセフは父の家族と共にエジプトに住み、百十歳まで生き、
50:23 エフライムの三代の子孫を見ることができた。マナセの息子マキルの子供たちも生まれると、ヨセフの膝に抱かれた。
50:24 ヨセフは兄弟たちに言った。「わたしは間もなく死にます。しかし、神は必ずあなたたちを顧みてくださり、この国からアブラハム、イサク、ヤコブに誓われた土地に導き上ってくださいます。」
50:25 それから、ヨセフはイスラエルの息子たちにこう言って誓わせた。「神は、必ずあなたたちを顧みてくださいます。そのときには、わたしの骨をここから携えて上ってください。」
50:26 ヨセフはこうして、百十歳で死んだ。人々はエジプトで彼のなきがらに薬を塗り、防腐処置をして、ひつぎに納めた。
すべてをゆだねて、息を引き取った。
なすべきことをなした。 主への感謝。 そのようにして生涯を終えたい。
尾瀬 力先生
先日3月28日に95歳で召天された尾瀬 力先生
今週月曜日、ご自宅を短い時間尋ねた。 奥様の博子夫人と少し話すことができた。 尾瀬先生は、72歳で隠退。隠退して23年間
隠退後も、礼拝説教の依頼があれば、御用に当たられた。
なすべきことをなさせていただいた。感謝だったと語っておられたとのこと。
ヨセフは、自分が亡くなった後のことは主にゆだねつつ、その生涯を閉じた。